大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(1.2.2)日本の伝統文化の特徴と多様性

二つ目のテーマは「日本の伝統文化の特徴と多様性」です。

ここでは、伝統というものがどのようにしてできたのか、今に受け継がれるのか、今後どのように変わっていくのかということを考えるための基礎を解説しています。

私たちが「伝統的だと思っているもの」はどのようなものか、考えながら読み進めてください!

 

 

 

「《日本の伝統文化》

 温帯に属し山地が国土面積の3/4を占め、四季の変化が美しい日本には、自然と共に生き他人を思いやる暮らし方が育ちました。お正月や七夕神社の秋祭りなどの年中行事を始め、衣食住からは、衣替え、日本家屋や庭園、日本料理、また能・歌舞伎・和太鼓などの芸術、春のお花見、雪国の鎌倉なども、伝統文化として受け継がれてきました。

 歴史の面からみると、外国との交流と独自の発展を繰り返して日本の文化は形作られてきました。縄文時代にはユニークな道具を作る文化があり、やがて中国や朝鮮から稲作を取り入れ、6世紀には仏教文化が入り、平安時代には国内で独自の文化(国風文化)を発展させました。安土桃山時代には南蛮貿易で新しい技術を取り入れ、江戸時代には鎖国をして再び独自の文化を育み、明治以降には欧米諸国に追いつこうと現代文明を取り入れてきました。

 

《地域文化の多様性》

 江戸時代の日本は、200以上の藩がそれぞれの領地を統治していました。人々の移動が困難だったこともあり、それぞれの地域の気候や風土によって、家の作り方、災害への対応の仕方、料理・行事・方言など様々な分野で独自の文化が育ち、日本に多様な地域文化が育まれました。交通や通信が発達した今日でもその多様性は県民性として受け継がれ食品メーカーによっては関西向けの味と関東向けの味を変えているところもあります。

 

《現代の生活に生きる日本の伝統文化》

 日本の伝統文化は私の日常にも受け継がれ、息づいています。

町工場の職人の技術、使う人への気配りが行き届いた電気製品、時刻表どおりに動く鉄道、アニメ・キャラクター・ファッション、外国で生まれたロック音楽にも日本の文化と日本人の感性が込められています。こうして積み重ねられた文化が、日本が世界の中で尊敬されたり、日本製品が世界で受け入れられたりすることの源泉となっているのです。」

 

 

 

 

本文にもあるように、日本の文化というものは様々な歴史的経緯や自然的条件も踏まえて現在のような形で形成されていきました。

それと同時に、同じ日本の中でも地域によってかなり異なる部分も多いです。

食品メーカーによっては関西向けの味と関東向けの味が変えているという部分がありましたが、どん兵衛などはテレビなどでもよく紹介されて有名ですね。

秘密のケンミンshow」みたいな番組もあって、 同じ日本にあっても異なる文化があるということは人々の興味をそそるようです。

 

この文化形成には、人や物や情報の流動性ということが多いに関わっています。

 

流動性というのは、動きやすさ流れやすさのことで、流動性が高いほど 人や物や情報がたくさん移動し、混ざり合っているということです。

 

 

昔のことを考えてみれば、東京ー大阪間を行き来するだけでも大変な労力が必要でした。

なので、同じ日本の中にあっても異なる文化が形成されるのは必然です。

 

想像の話ですが、 例えば平安時代奈良時代であれば、本州の範囲でも同じ国とは思ってなかったのではないでしょうか。

征夷大将軍などがを東北を攻めていましたが、東北の人からすればなぜ攻められているのかもよくわかっていなかったと思います。

自分たちの村で慎ましく暮らしていたのに、突然都からやってきた奴らに村を制圧されたという感覚なのではないでしょうか。

都に行ったこともなければ、都の暮らしぶりを聞いたこともない人も多かったのではないかなという気がします。

 

 

同じ日本といっても気候や自然的条件も全然違いますし、海沿いなのか山沿いなのか、平地なのかによって、暮らし方も全然変わってきます。

その土地その土地に合った暮らし方があり、自然と調和しながら生きていく中で、地域独自の文化は形成されていったのでしょう。

 

 

京都ではハモ料理が有名ですが、京都の中心部は海からかなり離れているので、基本的に魚料理はあまり得意ではありません。

しかしハモは精が強く、海で取ってから生きたまま京都まで運ぶことができたので、京都では鱧料理が高級品として親しまれるようになりました。

 

 

これはほんの一例ですが、他にも地域の地理的条件や歴史的経緯などから育まれていった文化がたくさん存在します。

 

 

 

 

一方で、現代では比較的簡単に人や物や情報が移動します。

 

特に情報に関してはインターネットの発達によって、地方にいながら東京のことを知ることができるという所にとどまらず、世界の情報を日本の片田舎で集めることもできます。

 

海外からのメールも数秒で届きますし、情報交換のスピードは格段に向上しました。

そして人や物や情報が簡単に移動できるようになるほど、文化というものも交わっていきます。

 海外に日本料理のお店が設定されることもありますし、逆に海外から入ってきた食文化が日本で定着することもあります。 ラーメンなどは顕著で、あれは基本的には日本料理とは言えないと思うのですが、もはや日本人のソウルフードのようになっていて、ラーメン作りの技術も大いに向上し、日本のラーメンを食べに中国の人がやってくるほどになっています。

 

注意することがあるとすれば、日本の伝統文化といっても本当に”日本的なもの”というのは意外と少ないのではないかというところです。

 

極端な例でいえば、日本人の主食であるお米作りだって、渡来人に教えてもらったものです。

日本で独自に開発したものではありません。

 

私たちが知るよりもずっと昔から、人々は交流し、同時に文化も混じり合いながら、懸命に生きてきたのです。