大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(1.2.3)受け継ぎ想像する日本の文化

次のテーマは「受け継ぎ、創造する日本の文化」です。

グローバル化の話や流動性の話も大いに関わってくるので、よかったら復習もしてみながら、文化の多様性について考えてみましょう。

 

 

「《グローバル化と日本文化の創造》

 現代社会は、グローバル化が進んで地球規模での文化の交流が起こっています。日本の文化では料理やアニメ、漫画、柔道も世界中で受け入れられています。伝統工芸を学びに来る外国人もおり、世界に日本の文化を広め日本文化の担い手にもなっています。

 東日本大震災の時にも見られたように、他者を思いやる心構え、ものを大切にすると言った日本人の美意識や、地球環境問題に対する考え方そのものも世界の人に評価されて、問題を解決するためにいかされています。

 現代の社会は、人間が長い歴史を通じて受け継いできた伝統と文化によって成り立っています。私たちは、それを現代社会に活かして文化を創造する当事者でもあります。文化は、異なる文化との交流を通じて少しずつ変わる側面と、長い間変わらない部分とを保っています。こうして生まれてくる文化は、個性豊かな日本独自の文化でありつつも、時代を超えて世界の多くの人にも受け入れられています。近年では富士山が世界文化遺産として、和食が無形文化遺産として認められたのはその例です。

 

《文化の多様性への共感と理解》

世界を見渡してみれば地域や民族によって、もっと多様で豊かな文化が存在しています。一方で、それらの人々が大切にする宗教などの分解の誇りが踏みにじられると、人間は戦争をしてきました。

 しかし文化の底に流れる人間の願いや感じ方には共通性もあります。お正月を祝う行事は国ごとに異なりますが新しい年を新しい心で迎えたいという気持ちは共通です。世界には様々な宗教があり、寺院や教会の形は様々ですが、それを支えているのは心の安らぎを願う人々の気持ちです。

 私たちは、自分たちの文化を大切にするとともに、異なる文化に込められた人々の思いに共感や理解をして、文化の多様性を尊重する気持ちを持つことが必要です。」

 

 

 

 

大まかにはこの本文に書いてあることでほとんど十分だと思うのですが、もう少し補足しておきます。

前回の流動性の話とも関わることで、グローバル化とともに言葉も世界中に広まっています。

例えば、「かわいい」や「もったいない」と言った言葉は、外国に適切に訳せる言葉がなく、そのまま「kawaii」「mottainai」という形で使われています。

 

 

逆に日本人も外国の言葉を適切に訳すことができない場合はそのまま使うこともあります。

アイデンティティ(identitiy)やアメニティ(amenity)と言った言葉は訳そうとするとなんだか長ったらしくなって分かりにくくなったり、無理に短い言葉にすると少し語義がずれてしまったりすることもあります。

 

言葉以前にそもそも考え方が違ったりして、他の地域ではそれに当てはまる言葉も必然的に生まれないというのが地域固有の言葉なのですが、そういったものと出会える確率が高まったのが情報化の現代です。

 

 

個人的にはこれはいいことだと思っていて、特にアイデンティティという言葉は、その言葉を覚えるだけでなく考え方を自分のものにすることで精神的な豊かさが違ってくると思っています。

 

言葉の数は感情の数なので言葉をたくさん知っていることによってより豊かな感情や精神的満足を得ることができます。

嬉しい悲しい、腹が立つぐらいしかボキャブラリーのない人は、文化的にも貧困であるかもしれません。

 

歴史的な伝統や文化とともに、言葉も作られたり継承されたりするのですが、ただ漫然と今までと同じことを続けるのではなく、文化の優れた点をきちんと理解し、それを活かして新たに創造する力が今の私たちには求められています。

 

 

国や地域によって違うこともたくさんありますが国や時代を問わず大切にされる考え方というものももちろんあります。

 

法律の勉強などをすると、自然法という言葉を時々使うのですが、これは国や時代に関わらず普遍的に当てはまるきまりのことです。

人を殺してはいけないとか、ひとのものを盗ってはいけないとか、 法律に書いてあっても書いてなくても当然守るべきであろうと思われるきまりを自然法と言います。

 

現代の日本においては刑法などの法律が存在するので殺人罪は懲役何年、殺人未遂は懲役何年、ということがきちんと法律に書かれていますが、仮に書いてなかったとしても人殺しは悪いという感覚は世界中で共有できます。

 

ただ、自然法だけしかないという状態では、当然たまには悪い奴もいるので、そういった逸脱した人を管理できないという問題が発生します。

そういったことから、きちんと実定法(文章として具体的に記された法律)の形で定めておくことが大切です。

 

 

 

 

かなり話がそれましたが、本文にも書いているように世界には様々な宗教や文化が存在してます。

それらを全て知っておく必要はありませんが、もし異なる文化の人と話す機会があればなるべく相手のことを理解しようと努めることが大切です。

 

ただ全てに共感するというのもまた無理な話だと思います。

例えばインドなどでは、人に道を聞かれた時に仮に知らなかったとしても 「知らない」と答えるのは失礼にあたるそうです。だから知らなくても知ったかぶりをしてとりあえず教えるみたいですね。

 

僕の感覚でいえば、知ったかぶりで適当に喋られて、全然間違った道を教えられてしまう方がよっぽど迷惑なのですが、そういう問題ではないようです。

 

この辺りは本当に共感することができなくて困っていますが、ただそういう文化なのだと尊重することはできます。

共感はできなくても尊重をする。この感覚がこれからのグローバル時代に大切になってくるはずです。