大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(1.3.3)「効率」と「公正」~見方や考え方 その2~

このページでは効率と公正について学習していきます。

対立が生じた場合合意形成をする必要がありますが、何を基準に合意すればよいでしょうか。

そのヒントになるのが効率と公平です。

効率とは何か、公平とは何か、といったことを考えつつ読み進めてください!

 

 

 

 

 

 

「《効率と公正とは》

  前のページでは、人間の社会で対立は避けられず、対立を解消するために私たちは合意する努力をしていることを学びました。そこで、実際に話し合って合意するための判断基準となる、効率と公正という二つの考え方を学びましょう。

 まず効率とは実行に必要な費用や労力に見合っているかを考えて、それぞれの人間が最大の利益を得られるように最も良い方法を選び、また限りあるものや時間は無駄なく使わなければならないとする考え方です。例えば友達の3人が4個のケーキを一個ずつ理由あって残り一つが余ったとします。それを3人で分けずに出てしまうと無駄が生まれ効率が悪いことになります。

 残り一つのケーキを3人の誰が食べるのか三人でどのように分け合って食べるのかで問題が生じます。その問題の解決策についてケーキを誰が食べるのかを決める際に3人が対等に話し合っているのか(手続きの公正)、食べる時に差別的な扱いをしていないか(機会の公正)、また、立場が変わってもその解決策を受け入れられるのか(結果の公正)など公正の考え方を踏まえて決めていく必要があります。同意する時は、効率と公正の両方を満たすことが必要です。

 

《公正な社会をつくるために》

  しかし難しいのは、効率と公正との関係が簡単ではないことです。例えば、お金や時間が節約されても、中には困る人が出たり、効率がいいからといって能力が高いとされる人が一人で何でも決めたりする方法は、公正の考え方からは許されません。

 人間はお金や勝ち負けだけで生きているわけではありません。人のために役立っている、社会の一員として認めてもらっている、人間としての誇りが尊重されている、そういう気持ちが人々の生きる勇気と幸せを支えています。また、どのような個性や能力が予想もつかない形で人間関係や世界の中でいかされているのかも分かりません。そうだとすれば、いろいろな立場にある人々を思いやり、まだ生まれていない世代にも配慮することは、より良い社会を作る上でとても大切なことなのです。」

 

 

この回は効率と公正がテーマになっています。

 

本文でも確認した通り、効率とは一言で言うと、無駄が発生しないということです。

 

千円札が10枚あって、それを3人で分けるとすると、どうしても均等に分けることはできません。

しかし均等に分けたいがために、3枚3枚3枚で分けて1枚捨てるということは明らかに非効率です。

均等や公正を大切にしすぎると、このような無駄が発生してしまうことがあります。

 

 

 

効率性という言葉は経済学などでよく使われる言葉でもあります。

詳しくは経済の章で説明しますが、 例えばパレート効率(パレート最適)という言葉がよく登場します。

 

 

パレート効率とは、他の経済状態を悪化させることなしには、もはや何人の経済状態も改善できないという状態にあることを言います。

言い換えると、もうすでに適切な分配がされていて、自分がこれ以上何かを得ようとすると他の誰かから無理やり奪わないといけないという状況を指しています。

 

さっきの千円札の例で言えば、もうすでに3枚3枚4枚で分配されていて、自分がこれ以上もらおうとすると誰かから奪うしかないという状況です。

 

パレート効率のこの定義はすごくきれいで、言われてみれば確かにこれ以上無駄を省くことはできない最高に効率が良い状態になっているとは言えます。

 

 

しかしパレート効率には、平等公正と言った概念は一切含まれていません。

 

さっきの千円札の例で言えば、10枚0枚0枚でもパレード効率になっているということはできます。

ただそれが実際問題として望ましいかどうかという観点で見れば、0枚になってしまったら可哀想というのが一般的な見方ではないでしょうか。

 

効率的な分配がいつでも理想的であるとは限らない、ということがこのテーマで重要な事のひとつです。

 

 

 

 

次に公正の概念についてみていきましょう。

本文にもありましたが公正には大きく三つの考え方があります。

 

・手続きの公正

・機会の公正

・結果の公正

 

 

これらを順に見ていきましょう。

 

手続きの公正とは、物事を決める時の手続きやプロセスがみんなにとって納得できるものかということです。

さっきの千円札の例で言えば3人がそれぞれ話し合いに参加し、自分の意見を言うことができたか、議論に参加して自分の意見を言ってもいいシステムがあるかどうかということに重きが置かれます。

 

 

機会の公正とは、 差別的な扱いをしないということです。

お前にお金を渡しても仕方がないという感じで、そもそもお金を受ける権利を与えられなかったりするということがないようにするのが機会の公正です。

 

結果の公正とは、立場が変わってもその結果を受け入れることができるかということです。

さっきの千円札の例で言えば、仮に2枚3枚5枚でわけることになったとして、自分が2枚もらう立場になったとしても、3枚もらう立場になったとしても、5枚もらえる立場になったとしても、その分け方に納得ができるかということが結果の公正です。

 

 

この公平感は、時と場合によって納得できるかどうかが大きく変わってくるはずです。

10枚の1000円札を3人で分ける例で言えば、必ず多めにもらう人が出てくるのです。

多めにもらうのは誰なのかを決めることに関して、時と場合によって様々な考え方があり得ます。

 

例えば、3人のうちの一人がものすごくお金に困っていて、他の二人もそのことをかわいそうだと思っていたとすれば、そのお金に困っている人が多めにもらうことに納得できるはずです。

 

また何か仕事をした報酬としてその千円札10枚を受け取ったのであれば、一番活躍した人が多めにもらうということにあまり反論はないでしょう。

 

このように数字上は同じでも、状況やこれまでの経緯によってその分け方に納得できるかどうかが左右されるのです。

 

 

 

近年よく問題になっている経済格差なども効率と公正のバランスが取れていない例であると言えます。

 

現代の社会は上位8人の大富豪が世界の半分のお金を保有している超格差社会です。

望ましい状況かという視点でいえば望ましくはない気がするのですが、全体としての経済効率自体は昔より向上しています。

 

また公正かどうかを判断するのも難しい問題です。

例えばアマゾンの社長やアップルの社長がものすごくお金をもらっていることに関して、

「稼ぎすぎだ!」ということも出来ますし、

「創業時にそれだけの苦労をしているのだから今お金をたくさんもらえるのは当然の権利だ」と考えることもできます。

 

また彼らは不当な手段を使って会社を立ち上げたのではなくて、きちんと合法的に事業を始めていますから、羨むくらいなら自分も同じように会社を作ればいい、そういう考え方もできないことはないです。

 

ただ実際問題として、家が貧しくてまともに勉強ができなかったということもありますし、生まれつきの能力が違ったということもありえるでしょう。

どこまでが自己責任でどこまでが生まれ持った環境のせいなのかというのを決めるのは非常に難しいので、平等や公正の議論もなかなかまとまっていないのが現状です。

 

以上のように効率性と公正を両立させることは非常に難しく、日常の些細な決め事から、国の重大な政策決定まで、いたるところでこの問題は顔を出してきます。