大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

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(2.1.1.2)法に基づく政治と憲法

次のテーマは「法に基づく政治と憲法」です。

なぜ憲法は必要なのでしょうか?

この問いに対するヒントがこのページにあります。

立憲主義や法の支配といったキーワードを拾いつつ、法の持つ意味について考えてみてください。

 

 

 

 

 

「《憲法とは》

民主政治を実現するためには、基本的人権の尊重など、私たちが共に生きていく上で大切にすべき原則を明らかにして、それを政治権力が守る仕組みを工夫しなければなりません。このような、国の政治の基本的なあり方を定める法を憲法といい、憲法に基づいて政府を作り政治を行うことにより権力の乱用を防ごうとする考え方を立憲主義と言います。

 立憲主義の実現のために、多くの国で憲法は国の最高法規であるとされています。憲法の改正には慎重な手続きが定められ、憲法に違反する法律や命令は効力を持ちません。このように、立憲主義に基づいて人権の保障や権力分立を定める憲法を、立憲主義憲法と言います。

 

《個人の尊重と人権の保障》

民主政治の目的は、私たちが互いに協力し一人一人の幸せを実現することにあります。そのためには政治において、一人一人が尊厳のある人間としてひとしく配慮され、その個性が尊重されなければなりません。これを個人の尊重と言います。そして私たちが、人間として自分らしく生きるために必要な権利(基本的人権)を保障されなければなりません。そのため、憲法によって基本的人権が保障され、法律によっても奪うことができないとされています。

 

《法の支配と権力分立》

権力者の好みや思いつきで政治権力が行使されると、私たちは安心して自由な生活を送ることができなくなります。またその場合、自分と他の人との異なる取り扱いを、理由のない不公平なものであると感じるでしょう。政治権力が公平に行使され、私たちの自由が守られるためには、あらかじめ定められた法に基づく必要があります。このように、権力者もまた法に従わなければならないという考え方を法の支配と言います。

 権力が集中して強大になると、法が守られず私たちの自由が脅かされる危険があります。そこで、権力を分割し、互いに抑制と均衡を図る工夫がされています。(権力分立)

 法の支配や権力分立は、基本的人権を守ってより良い民主政治が行われるようにするために、憲法が定める大切な仕組みです。」

 

 

 

早速解説を進めていきましょう。

今回は憲法についてのお話です。

 

本文にもあるように、国の政治の基本的なあり方を憲法であらかじめ定めておいて、その憲法に基づいて政府を作り、権力の乱用を防止するという考え方立憲主義といいます。

 

立憲主義(constitutionalism)は、法の支配 rule of the lawに類似した意味を持ち、およそ権力保持者の恣意(わがまま)によってではなく、法に従って権力が行使されるべきであるという政治原則をいいます。

法の支配に関しては、このページの最後の方でもう一度取り上げます。

 

また、憲法には最高法規性があると言われています。

最高法規と言うと少し堅苦しいですが、要するに国内に存在する決まりの中で一番強いのが憲法だということです。

なので、憲法に違反するような法律や条例は効力を持ちません。

 

憲法違反として廃止になった法律の規定を紹介しておきます。

薬局開設距離制限訴訟という裁判がありました。

 

これは、原告となった会社が薬局を設置することを県の保健所に申請したのですが、申請の後、県の回答が出される前に薬事法の改正があり、「薬局距離制限規定」が導入され、改正後の薬事法およびこれに伴う県条例をもとに、県は不許可の決定を原告会社に通知した、という事件です。

要するに薬局を作ろうとしたけれど、行政にダメだと言われたということです。

 

この不許可決定に対して、原告側は、申請受理後に法律が改正されたにもかかわらず改正後の法律を適用していること、当該申請場所は国鉄福山駅前の繁華街であり薬局が密集していても過当競争になるおそれがないこと、そして薬事法の改正自体が憲法第22条が保障する営業の自由を侵害しており違憲であることから、処分は違法であるとして、原告会社が不許可決定の取消しを求めて、県を相手に広島地方裁判所取消訴訟を提起しました。

 

一審と二審では改正前の法律を適用するべきか、改正後の法律を適用するべきかということが争点になりましたが、最高裁においてはそもそもこの薬事法自体が憲法違反ではないのかということが争点になりました。

 

法律の条文も紹介しておきます。

 

薬事法

第5条        薬局は、その所在地の都道府県知事の許可を受けなければ、開設してはならない。

第6条  次の各号のいずれかに該当するときは、前条第一項の許可を与えないことができる。

一 その薬局の構造設備が、厚生省令で定める基準に適合しないとき。

二 申請者(申請者が法人であるときは、その業務を行なう役員を含む。第十三条第二項において同じ。)が、次のイからホまでのいずれかに該当するとき。

イ-ホ (省略)

2 前項各号に規定する場合のほか、その薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合には、前条第一項の許可を与えないことができる。ただし、当該許可を与えない場合には、理由を附した書面でその旨を通知しなければならない。

3 都道府県知事は、前条第一項の許可の申請について前項本文に規定する事由があるかどうかを判定するには、地方薬事審議会の意見を開かなければならない。

4 第二項の配置の基準は、住民に対し適正な調剤の確保と医薬品の適正な供給を図ることができるように、都道府県が条例で定めるものとし、その制定に当たつては、人口、交通事情その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮するものとする。

 

憲法

第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 

 

 

薬事法第6条の2項、「薬局の設置の場所が配置の適正を欠くと認められる場合」というのが問題で、 これは要するに近い範囲に何件も薬局を立てることがあってはならないということです。

 

この規程の根拠としては、薬局が近くに範囲で何件もあると安売り競争につながり、競争力がなくなってくるとコストを下げるために不良医薬品を販売するかもしれず、国民の健康に悪影響を及ぼすかもしれないという不安から作られた規定です。

(ちょっと考えすぎな気がしますが、、、)

 

 

これに対して憲法では、職業選択の自由を定めています。

公共の福祉に反しない限りはどこでどんな仕事をしていようと構わないという決まりです。

 

そしてこの薬事法第6条が職業選択の自由を侵害しているのではないかということが争点になりました。

 

結局、最高裁判決では、薬事法が定める配置規定がそれほどの合理性もないと判断され、薬事法違憲であるとして後日改正されました。

 

 

 

こんな感じで憲法と法律が適合しない場合憲法が優先されることになります。

 

憲法の主な存在意義としては、憲法に基づいて政府を作り、その政府が政治を行うことによって、権力の濫用を防止し国民の基本的人権を尊重することにあります。

 

 

日本国憲法

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

 

 

 

参考までに、フランス人権宣言について触れておきましょう。

 

フランス人権宣言

1.人間は自由で権利において平等なものとして生まれ、かつ生きつづける。社会的区別は共同の利益にもとづいてのみ設けることができる。

2.あらゆる政治的結合の目的は、人間のもつ絶対に取り消し不可能な自然権保全することにある。これらの権利とは、自由、所有権、安全、および圧政への抵抗である。

3.すべて主権の根源は、本質的に国民のうちに存する。いかなる団体も、またいかなる個人も、明示的にその根源から発してはいない権限を行使することはできない。

 

 

 

フランスなどでは特に国家権力によって国民の権利が侵害されることに対して強い抵抗を持っています。

フランス人権宣言というのは、フランス革命の時に作られたもので、王様や一部の貴族だけが権力を持ち国民の自由を侵害することを防止するために、民主主義の形で国民が自ら政治をする仕組みを整えるために採択されたものです。

 

民主主義の問題点ももちろんあるのですが、それについてはまた後のページで詳しく解説していきます。

 

 

当時はとにかく、国家権力によって国民の基本的人権を侵害されることが一番苦しいことだったので、その点を最優先して作られたものです。

 

 

 

本文には法の支配という話も出てきました。

法の支配とは、権力者も法律に従わなければならないということです。

 

昔であれば、権力者が直接国民に命令をしたり、 法律があっても権力者が勝手に法律を変えてしまい、その勝手に変えられた法律に国民が従うということになったりしていました。

そんなやり方をしていては権力の恣意性(わがまま)を抑制できないということで、法の支配という考え方が必要になりました。

 

国民の意思に基づいて法律を作り、その法律の範囲内で政府が政策を実行するということが求められるようになりました。

 

現代の日本で言えば、国民が選んだ国会議員が法律を作り、この法律に従って政府の政策も決定されるというシステムになっています。

たとえ内閣総理大臣であっても独断で法律を変えることはできません。

 

このようなシステムであるからこそ、国会議員はきちんと審議をして法律案を通さなければならないですし、その国会議員を選ぶ私たち国民ももっと十分な検討を重ねて選挙の投票をするべきです。

 

 

 

権力分立の話も出てきました。

 

イギリスの歴史家ジョン=アクトンの言葉にこんなものがあります。

 

「Power tends to corrupt and absolute power corrupts absolutely.

(権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に腐敗する)」

 

 

それほど解説することもないですが、権力を一箇所に集中させて強大な権力を持たせると腐敗してしまうということが述べられています。

理屈の上では、ちゃんと使ってくれるのであれば権力が一箇所に集中すること自体は問題ではないのですが、歴史的に見ると、誰か一人が強大な権力を持ったままでいると必ず何かしらの混乱が起きるようです。

 

立法・行政・司法が分かれているのもこのためで、どこか一つの機関に全て任せるのではなくて、権力を分散させた方がお互いに牽制しあってどこか一つが暴走することがないという理屈です。

三権分立のシステムについてはまた別のページで詳しく解説するので、今回のところはとりあえず一箇所に権力を集めすぎるのは良くないという程度の話にしておきましょう。