大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

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(2.1.1.4)日本国憲法と国民主権

今回は、前回に学習した日本国憲法の三つの基本原則のうちの一つ、「国民主権」について学習していきます。

国民主権とはどういうことか、もし主権が国民に無かったらどうなるのか、そもそも主権って何なのか、といったことを考えながら読み進めてください。

 

 

 

 

「《国民主権

政治のあり方を最終的に決める力が国民にあることを国民主権と言います。国の政治は、国民一人一人の幸せを実現するために国民から託されたもので、私たち国民の意思に基づいて行われる必要があります。

 日本国憲法の前文では、「ここに主権が国民に存することを宣言しこの憲法を確定する」として国民主権の原則を明確にしています。

 

憲法改正

社会の状況などの変化に応じて憲法を改正する必要が生じることがあります。国の政治のあり方の基本を定める憲法の改正はとても重要な事柄です。そこで、日本国憲法憲法改正に国民が直接参加することを定めています。

 

 憲法の改正にはまず、衆議院参議院それぞれ総議員の3分の2以上の賛成で、国会が憲法改正案を国民に発議します。次に、国民投票が行われた半数の賛成で、憲法は改正されることになります。このように、憲法改正の手続きは、法律の改正よりも厳格に定められています。基本的人権など、民主政治において大切にすべき原則に関わる国の最高法規の改正には、慎重な判断が必要だからです。

 

国民主権と政治参加》

日本国憲法国民が国会を通して政治のあり方を決めること(議会制民主主義)を基本にしています。そこで、国民の政治参加にとって選挙権がとても重要になります。政党や候補者の政策をよく判断し、代表者を選ぶことによって、主権者である国民の意思が国政に反映されるのです。また、選挙の時だけでなく、たえず国民が政治について考え、その意見を政府に伝えるためには、表現の自由や知る権利の保障が大切です。

 国民が政治や地方に直接関わる制度もあります。憲法改正国民投票や、国民が裁判に参加する裁判員制度などです。

 

《象徴としての天皇

天皇日本国と日本国民統合の象徴であり、この地位は主権者である国民の総意に基づくと定めています。日本国憲法には、国民主権の下で国政は国民の代表者が行い、天皇は国政に関する権能を持たないと定められています。天皇は、憲法に定められた国事行為のみを、内閣の助言と承認により行います。これらの国事行為は、形式的・儀礼的なものであり、内閣がその責任を負います。」

 

 

 

今回は日本国憲法国民主権に関するお話です。

そもそも主権というのは、 どういう意味でしょうか。

辞書を引いてみます。

 

 

 

大辞林 第三版の解説

しゅけん【主権】

 

①  他国の意思に左右されず、自らの意思で国民および領土を統治する権利。独立権と同じ。

②  国家の意思や政治のあり方を最終的に決定する権利。

 

 

デジタル大辞泉の解説

しゅ‐けん【主権】

1 国民および領土を統治する国家の権力。統治権

2 国家が他国からの干渉を受けずに独自の意思決定を行う権利。国家主権。

3 国家の政治を最終的に決定する権利。

 

 

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

主権

sovereignty

国家がもつとされる最高権力。国家はこの権力をもつことによって、対内的には国民に対して国の法律また国の命令や決定に服従することを要求でき、対外的には国家の独立性を主張し外国からの干渉を排除できる。

 

 

 

 

こんな感じで様々な意味が出てきます。

 

しかし大まかに捉えれば、対外的に他国との関係性を考える時は国家としての独立性を主張できること、対内的に国内の投資について考えるときは政治的な方針を最終的に決定する権利のことであると言えます。

 

国民主権というのは主に対内的なことを指していて、要するに、日本国内の政治を日本国民が決めるということです。

 

戦前の明治憲法下では、国民はあくまで臣民の権利しか認められていませんでしたから、これは大きな変化です。

 

とても大きく変わったことなので憲法制定当時は相当な混乱があったと思います。

 

1947年に当時の文部省が中学1年生用に作った教科書として、「新しい憲法のはなし」というものがあります。

ここでは日本国憲法の基本原則をわかりやすく説明しています。

 

4章の主権在民主義というところから一部抜粋します。

 

国では、だれが「いちばんえらい」といえるでしょう。もし国の仕事が、ひとりの考えできまるならば、そのひとりが、いちばんえらいといわなければなりません。もしおおぜいの考えできまるなら、そのおおぜいが、みないちばんえらいことになります。もし国民ぜんたいの考えできまるならば、国民ぜんたいが、いちばんえらいのです。こんどの憲法は、民主主義の憲法ですから、国民ぜんたいの考えで国を治めてゆきます。・・・

 

国を治めてゆく力のことを「主権」といいますが、この力が国民ぜんたいにあれば、これを「主権は国民にある」といいます。こんどの憲法は、いま申しましたように、民主主義を根本の考えとしていますから、主権は、とうぜん日本国民にあるわけです。そこで前文の中にも、また憲法の第一条にも、「主権が国民に存する」とはっきりかいてあるのです。

 

 

 

このように国民主権の考え方を分かりやすく説明してくれています。

 

主権というものをもう少し狭く考えて、選挙権を例にしてみましょう。

 

今は18歳以上の国民はすべて選挙権を持っていて、投票に参加することができます。

その選挙で当選した人が国会議員になり、国会に集まります。

国会で法律案が可決され法律が作られます。

その法律を国民皆で守っていきます。

 

これが民主主義的に法律が正当性を持つ仕組みです。

 

誰かが勝手に作った決まりであれば反発が生まれますが、間接的にではあるものの、みんなで作ったものなので皆で守っていくことが当然と考えられる訳です。

 

このように国民が国会を通じて政治のあり方を決めることを議会制民主主義と言います。

 

 

普通の法律であれば基本は議会制民主主義であって、国民の意見が絶対に法律の形になるまでに一度、国会というワンクッションを挟みます。

 

しかし憲法改正は例外です。

憲法は民主主義政治において国のあり方を決める最高法規であるので、慎重な判断を必要とします。

だから国会を経由してではなくて、国民一人一人が改憲案自体に対して直接投票することが求められます。

なので国会で改憲案が通ってからさらに国民投票を実施することが規定されています。

 

 

憲法

第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 

 

 

しかし、国民投票を実施するとは言ったものの、具体的にどのような手続きで国民投票を行うのかについては決まっていませんでした。

 

そこで、「日本国憲法の改正手続に関する法律」という法律が2007年5月14日に国会で成立し、5月18日に公布されました。

国会が改憲を発議してから60日以降180日以内に投票を実施すること、公務員と教育者について「地位を利用」した運動は禁じられること、 投票年齢は18歳以上とすること、等が定められています。

 

 

最近では安倍政権が憲法改正へと歩みを進めていましたが、とりあえず喫緊では断念するようですね。

 

自民党はこれらの4項目を改憲の主な争点として掲げていました。

 

自衛隊について

⑵ 緊急事態について

⑶ 合区解消・地方公共団体について

⑷ 教育充実について

 

どれも重要なテーマであり、本当に改憲するかは全く別問題として、しっかり議論すべき問題ではあると思います。

今のところは慎重派が根強く存在しているので発議は見送るようです。

 

直接選挙にしても間接選挙にしても、国民が候補者や政策のことを知ってどう投票するのかを判断することが必要であることに変わりはありません。

 

その権利をしっかり保証するためには、選挙権そのものだけでなく表現の自由や知る権利を保障しておくことが大切であり、憲法にもそのようなことが定められています。

 

表現の自由とは、個人が外部に向かって思想・意見・主張・感情などを表現し、発表する自由のことです。

報道・出版・放送・映画の自由なども含んだ考え方です。

日本国憲法第21条で保障されています。

 

憲法

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 

 

原発反対!」と言う自由もあれば、「原発推進!」と言う自由もあるわけです。

それぞれの候補者が自由に発言をし、それに納得したり感銘を受けたりしたら、国民はその候補者に投票するのです。

 

 

 

 

知る権利とは、国民が国の政治や行政についての情報を知ることのできる権利のことです。

「知る権利」と憲法に明記されている訳ではありませんが、民主主義国家での国民の基本的権利として、言論・報道の自由や情報公開法制化の基盤となっています。

 

政府権力の拡大強化やマスコミの発達によって,一般市民(公衆)は,重要な情報源から遠ざけられることとなりました。

情報化社会の発展とともに社会は複雑性を増し,この傾向はさらに拍車がかかり、日常生活における情報の選択と入手は市民にとって難しいものとなりました。

 

すごく簡単に言えば、「何が起こっているのかが分からない」という状態です。

国会で何が起こっているのか、原子力発電所で何が起こっているのか、自衛隊の海外派遣で何が起こっているのか、普通の国民には知ることができません。

 

そこで知る権利が重要な概念となってくるのです。知る権利は憲法上の規定はありませんが今では大切な権利として認識されています。

それと同時に、情報の受け手である私たちにも、高いメディアリテラシーが求められます。

 

 

最後に天皇象徴制について少しだけお話をしておきます。

明治期から第2次世界大戦終了までは、統治権を総攬する、不可侵の天皇を頂点においた統治システムが定着していましたが、現在では天皇は象徴に過ぎず、国の政治に関する具体的な権限は特に持っていません。

 

だったら天皇は必要なのか?という疑問が出てくるのも当然といえば当然なのですが、歴史的な経緯や人々の思い入れからして、「天皇はいらない」と軽々しく言うのも憚られる感じがします。

 

最近も天皇生前退位のニュースがありましたが、天皇や皇室のあり方を変えることはすごく大きな出来事なのです。