大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(2.1.2.1)人権思想の歩みと日本国憲法

ここから新しい単元です。

とはいっても憲法のお話の続きではあって、憲法の三つの基本原則のうちの「基本的人権の尊重」について詳しく見ていくことになります。

人権論に関してはそれだけで本が一冊書けるくらい広範囲の事柄を扱うことになるので、このブログでも結構なページ数を使うことになりそうです。

そもそも基本的人権とは何かのか、というところからお話ししますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください。

 

 

 

「《人権思想の誕生》

人は皆生まれながらに等しく自由で、他人に譲り渡したり犯されたりすることのない生まれながらの権利を持っているという考え方は、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言にも取り入れられ各国の憲法の柱になりました。

 基本的人権という言葉は人の権利、すなわち人であれば無条件に持っている権利のことを指します。何よりも、一人一人をかけがえのない個人として大切にして、人がその人らしく生きていく(個人の尊重)ために必要な権利や自由のことです。人権保障の考えが世界中に広まったのは、この思想が広く支持されたことの表れです。

 

《人権思想の発展》

19世紀までの国家では信教の自由や財産権など自由権を保障することが最も重要だと考えられてきました。国民がどのような生活を営むかは各自の自由と責任に任せておくべきであり、国家はむやみに国民の生活に立ち入るべきではないとされました。国家の役割は、犯罪を取り締まったり戦争に備えたりするだけで良いと考えられたのです。

 自由な経済活動が保証された結果資本主義経済が産業革命を通して目覚ましい発展を遂げました。しかし同時に、経済的に豊かな人とそうでない人の間に格差を産み、貧困や失業などの大きな社会問題を引き起こしました。

 そこで貧富の差などの不平等を是正しながら全ての人が人間らしく生活できるように保証することも、国家の重要な役割だと考えられるようになりました。こうして、国家に対して人間らしい生活を求める権利(社会権)も人権の仲間入りをしました。

 

日本国憲法の人権保障》

日本国憲法アメリカ独立宣言などと同様に、人が生まれながらに持つ自由や平等の権利を基本的人権として保障しています。その根本には、個人の尊重の考え方があります。それが「すべて国民は個人として尊重される」(13条)に現れています。さらに日本国憲法は、参政権社会権も保障して、このような人権が、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(97条)であり、「国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。」(12条)として、人権保障の考えを徹底しようとしています。」

 

 

早速解説を始めていきます。

基本的人権考え方は、アメリカ独立戦争フランス革命などを経る中で徐々に形成されていきました。

当時は法の支配の考え方も十分に浸透しておらず、まさに人のわがまま勝手によって政治が行われていた時代でした。

 

それだけに、「法律に書いてあっても書いてなくても人間が生まれながらに無条件に持っている権利が存在する」という考え方が支持されることとなりました。

それが基本的人権です。

 

この考えはやがて世界中で支持されることとなり、各国の憲法や法律と言った法体系の中心に据えられるようになっていきました。

 

基本的人権について更に詳しく知りたい方はこちらも読んでみてください!

基本的人権とは何か?権利獲得の歴史と思想を解説。試験やレポートにも!|聞いたことあるけど説明できない言葉を解説します|note

有料(100円)ですが、基本的人権の変遷がコンパクトに説明されていて、とても勉強になります。

 

 

 

本文でも触れられていますが19世紀までの国家では自由権の保障が最も重要なことだとされていました。

逆に考えればそれまでの国家は自由権が保障されていなかったということです。

 

宗教的・思想的な理由で処罰されたり、国家権力によって財産を取り上げられたりすることが頻繁にあったので、人々は自由を求め戦いました。

 

その結果基本的人権が保障されるような国家を作り、民主主義によって人々の自由権を守ることに成功しました。

 

しかし、自由というのはそれほど良いものでもありません。

特に経済活動において顕著に現れることですが、自由に競争していいということになると能力が高い人が勝つのは当たり前です。

 

自由権の基本というのは国家から不当な干渉を受けないということです。

国家の干渉を受けずに自由に経済活動をし、正当な条件で競争をすること自体は悪いことではありませんが、自由で対等に競争できるからこそ能力やアイディアの差が収入の差にダイレクトにつながってしまうのです。

 

経済の章でもまた触れることになると思いますが、自由競争を基本とした資本主義経済の中では経済的に豊かになる人とそうでない人の間に格差が生まれます。

自由に競争をすると平等な結果にはならないのです。

 

※さらに深く知りたい人は機会の平等結果の平等といったことも調べてみてください。

 

平等な結果を望むことはできないとなると、貧困や失業などの問題は大きな社会問題として混乱を引き起こすことになります。

 

その競争に敗れた人たちがどうやって生きていけばいいのか、19世紀の段階ではまだ答えが出ていませんでした。

食べ物が買えずに餓死してしまったり、貧困の苦しさのあまり犯罪に手を染めてしまったり、そういった事件があちこちで見られました。

 

 

そこで人々は国家に救済を求めます。

貧富の差を是正しながら全ての人間が人間らしく生活できるように保証することを国家に求めたのです。

 

少し前までは国家から解放されたい、自由になりたいと思っていたのに、自由になったらなったで今度は国家に守って欲しいと思うようになりました。

 

人間らしい生活を求める権利というものが人々にとって必要になりました。

それが社会権です。

 

社会権憲法的に初めて保証したのはドイツのワイマール(ヴァイマル)憲法(1919)であると言われています。

その後社会権的な思想が各国の憲法に取り入れられるようになっていきました。

 

ワイマール憲法

第151条

経済生活の秩序はすべての者に人間に値する生活を保障することも目的とする正義の原則に適合しなければならない。この限界内で、個人の経済的自由は、確保されなければならない。

 

 

 

「全てのものに人間たるに値する生活を保障する目的」というのが社会権的思想の現れです。

競争に勝った人も負けた人も、人間らしい生活を送ることができるように保障していくことが国家の役割であるとされました。

 

 

ちなみに日本国憲法においては、13条や25条を根拠に社会権について考えることが多いです。

 

十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

 

 

「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」という部分はよく耳にしますね。

(最近そんなドラマがありました)

 

憲法25条の規定をどう適用するかについて裁判になったことがあります。

朝日訴訟という裁判を知っていますか?

 

中学の公民ではあまり習うことはないのですが、高校の政治経済ではしっかりと習いますし大学入試でも出題されることがあります。

興味のある人は勉強してみてください。

朝日訴訟について更に詳しく知りたい方はこちらもどうぞ!

こちらも有料(100円)ですが、出来事だけでなく学問的意義も説明されていて、短いながらも盛りだくさんの内容です。

note.mu