大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(2.1.2.5)人間らしい生活を営む権利

今回のテーマは社会権です。

社会権とは何か、どのような経緯で社会権は認められてきたのか、ということに注目しながら読み進めていきましょう。

難しい部分もありますが、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください。

 

 

「《社会権とは》

20世紀以降人が人間らしく生活できるように保証することも、国の重要な役割と考えられるようになりました。国に対して人間らしい生活を求める権利を社会権といい、日本国憲法生存権・教育を受ける権利・勤労の権利・労働基本権を保障しています。

 

生存権

日本国憲法、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)という生存権を定めています。これは、病気や失業、大規模な災害などにあい、自立した生活が出来なくなった人に、日々の生活に必要な援助をする責任が国にあることを意味しています。

 この規定に基づいて、我が国は公的扶助・社会保険社会福祉などの社会保障を充実させてきました。社会保障が充実していれば、私たちは将来の生活に不安を持つことなく、いきいきと人生を歩むことができます。少子高齢社会の中で、経済情勢や雇用情勢の変化に応じて、社会保障を組み立て充実させていく必要があります。

 

《教育を受ける権利》

私たちは、世界の中で自立して豊かに生きていくために、様々な知識技術や能力を身につけていく必要があります。そのためには、一定期間適切な学校教育を受ける機会が必要です。そこで日本国憲法は、国民に教育を受ける権利を保障し、誰もが学校に行き、教育を受けられるように義務教育を無償とし(26条)、これを受けて義務教育の教科書は無償となっています。また、教育を受ける権利は生涯にわたるものとして保証していく必要があります。

 

《勤労の権利と労働基本権》

人が自分や家族の生活を維持し人間らしく生きていくためには、勤労は欠かせない活動です。日本国憲法も、全ての人に働く機会を与えることを国の責務としています(勤労の権利、27条)。賃金などの労働条件の基準を法律で定めることとして、これに基づいて労働基準法最低賃金法などが制定されています。

 労働者は使用者に対して弱い立場にあり、不当な労働条件で働かされることも少なくありません。日本国憲法は、労働者が団結して労働組合を作ること(団結権)や、使用者と対等な立場で賃金などの労働条件について交渉する(団体交渉権)こと、その要求を実現するためにストライキなどの団体活動をすること(団体行動権または争議権)を保証しています(28条)。これらの権利を労働基本権(労働三権)といいます。」

 

 

早速解説を始めていきます。

 

社会権とは基本的人権の一つで、人間らしい生活を送ることができるように保証することを国家に対して求める権利のことを言います。

 

憲法25条26条・27条・28条が主な根拠となる条文です。

 

 

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 

第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

3 児童は、これを酷使してはならない。

 

第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

 

 

 

基本的人権のテーマでも説明しましたが、自由権を獲得した人々は自由がそれほど良いものでもないということに気がつきました。

自由競争で自由な経済活動をした結果できてしまった格差について是正する方法がなかったからです。

 

国家からの自由を求めて戦っていた人々はいつの間にか国家に守ってもらうことを求めるようになりました。

それが社会権です。

 

ここでは特に生存権教育を受ける権利・勤労の権利について詳しく見ていきます。

 

 

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

 

憲法25条ではこのように定められていて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がありますし、それに対して国は、様々な生活場面において人々の生存権を保証していく取り組みをしていくことが必要とされています。

 

 

例えば地震や豪雨のような自然災害に見舞われた時、生存権が脅かされることがあります。

家もなくなったり、食べ物も買えなかったりという状況が、実際にここ数年で何度も存在しているわけです。

特に2018年は自然災害の類が多かったですね。大阪の地震、北海道の地震、広島・岡山の豪雨など、人々の生存権が脅かされる出来事がたくさんありました。

 

他にも、例えば重い病気になるとか、そういった状況になった時に、行政が税金を使って人々の生活を支援することがあります。

年金や生活保護なども、公的扶助の取り組みとして大まかには同じ項目です。

 

これらの取り組みは国民の生活にとって絶対に必要なものですし、これをなくしてしまうということは考えられません。

 

 

 

しかし一方で制度上の問題もたくさんあります。

 

卑近な例ではありますが、一生懸命仕事をしていても給料が上がらない、いわゆるワーキングプアと呼ばれる人たちよりも、生活保護を受給している人たちの方が豊かな暮らしをしている場合があるなど、矛盾を抱えていると言ってもいいような状況が発生しています。

 

生活保護を受給するにしても、本当に怪我や病気で働けない人もいれば、ただの怠け者である人もいます。

中には生活保護をもらってパチンコに行っている人もいますね。

その人たちのために税金を使うのは、公的なお金の使い方として正しいのかどうかという疑問はあります。

 

 

また、少子高齢社会であるということもあって、税金を払う人ともらう人の割合が変わってきているということもあります。

主に税金を払う層である生産年齢人口は減っているにもかかわらず、年金や生活保護を利用とする人々は増えているのです。

すでに国家の財政状況は破綻に近いところがありますが、この傾向は当分続くので、予算の配分だけでなく制度の在り方についても議論を進めていく必要があります。

 

 

 

 

 

次に教育を受ける権利についてです。

 

憲法の条文を見ておきましょう。

 

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

 

 

 

教育を受ける権利を憲法的に保証することには大きな意義があります。

昔であれば勉強したくてもできなかったわけですから憲法で教育を受ける権利を保障し、それに基づいて政府が必要な政策を実施することが大切です。

 

ただし、憲法を制定した当時とはかなり時代背景が変わっていて、今ではむしろ「勉強したくなくてもやらなければいけないこと」の方が大きな問題だったりはします。

 

基本的には権利であるので、やる自由もあればやらない自由もあるのですが、制度として定着してしまっているのでそれを変えることはなかなか難しいものです。

 

このサイトの読者の方は、好きで勉強している方が結構多いと思うのですが、勉強に対する拒否感を持っている人も多いですね。

 

 

一応勉強することのメリットをお伝えしておきます。

身の回りにいる勉強したくない人、お子さんや先輩や後輩などに伝えてみてください。

 

 

そもそも人間とは学びたい動物です。

小さい子供なんかは、あれこれ色々と知りたがりますね。

何かを学ぶということは、目的があってもなくても本質的な喜びを伴うものであると言えます。

知らないことを知ることは、とてもエンターテインメント性のあることなのです。

 

 

そして学習を進め、知識を身につけていくことで見える世界が広がっていきます。

例えば環境問題とかでも、それについて知らなければ何も思わないのかもしれませんが、勉強して知識が増えていくと、街を歩いていてもこの町はこういう取り組みをしているのかということを感じたり、ちょっとしたニュースでもこれは環境に良い影響があるな悪い影響があるなということを感じたりします。

知って初めて見えるものがあるのです。

 

 

また自律的・主体的に生活するために必要なものでもあります。

得た知識から自分にとっての意味を絞り出して自分の内面に落とし込むことで、誰かに言われたからやるじゃなくて、自分がそう思うからやるという風になっていくことができます。

 

 

実利的な面で言えば、自己実現や自己防衛のために学習が必要です。

例えばお医者さんになりたいという夢があったとして、学力が低ければ大学にも入れないですし、医師国家試験にも合格できません。つまり学力が低いことによってお医者さんになるという夢を諦めなければならなくなってしまうのです。

なりたい自分になるためにも、学力を高めることは必要なのです。

また、ある程度の一般常識ぐらいは勉強しておかないと、いざという時に自分を守れなくなります。

それは、災害から身を逃れるといった物理的・身体的に自分を守るということだけでなく、詐欺にあったり、効果があるのかないのかわからないような胡散臭いサプリを買ってしまったりといったことを防ぐ社会的な防衛にも繋がります。

 

普通程度に勉強をしていれば水素水生成マシーンなどに騙されることもありません。

 

このように学習によって学力を高めることで享受できるメリットはたくさんありますし、学問に触れるチャンスを保証してくれている教育権には大きな存在意義があるのです。

 

 

 

 

勤労の権利についてもお話をしておきます。

 

経済の自由原則から考えれば、企業の側にも雇う理由もあれば雇わない自由もあり、労働者の側にも働く自由もあれば働かない自由もあります。

しかし現実問題として人々はお金を稼がなければ生きていけないので、歴史的に見ても労働者は弱い立場にあることが多く、不当な条件で働かされることもあります。

現在社会問題となっているブラック企業などもそうですね。

 

そこで憲法として勤労の権利を定め、労働基準法最低賃金法といった法律の形で労働者の権利について具体的に定めています。

自由契約のされるがままに放置しておくと、得てして労働者の方が不利になってしまうので、法律の形で明記して労働者に法的保護を与えるのが目的です。

 

条文も見ておきましょう。

 

憲法

第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

 

 

労働基準法は121条まであるかなり大きな法律ですが一部条文を載せておきます。

 

労働基準法

第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。

2 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

 

第二条 労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。

2 労働者及び使用者は、労働協約就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。

 

第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

2 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

 

 

 

冷静に考えたらこんなのどう考えても実際には守られてないんですけれども、一応法律上はこのような規定があります。

特別ブラックな会社ではなくても、この辺りのことは守られていないことがかなり多いです。

労働時間が一週間で40時間を超えないところを探すほうが逆に難しいくらいじゃないでしょうか。

 

 

労働問題に関しては、当然法律を守らない企業が悪いのですが、問題はそれだけではありません。

 

 

労働者の側も、仕事を辞めてしまうと生活できなくなるので、企業に対してあまり強く意見することができないのです。

 

「僕を雇いたい会社なんて他にいくらでもあります」と言えるくらい高い能力と自信があれば納得のいかない労働条件のままで働く必要もないですし、それが結局は自己防衛になります。

 

態勢の見直しを求めつつ、「いつクビになっても大丈夫だ」と思えるくらいに自分の能力を高めておくことも、私たちにとってはとても大切なことです。