大人こそ知っておきたい中学公民学び直し

大人が中学公民を学びなおすためのサイトです。ニュースに出てくるような政治経済の難しい言葉のほとんどは中学公民を勉強すれば理解できます。大学で政治学や経済学などの社会科学系をやっていない人にも理解しやすいように作っておりますので、ゆっくりと自分のペースで読み進めてください!

(2.1.2.7)社会の変化と人権保障

今回のテーマは「新しい人権」です。
新しいとはどういうことか、
なぜ今までになかったのかといったマクロな視点も合わせて読んでみてください!

 

 

「《新しい人権とは》
自由権が確立したあと,社会権という人権が生まれたように, 情報化など社会の変化にともなって,新しい人権が主張されるようになってきました。 新しい人権は, 日本国憲法が保障する幸福追求権(第13条)などをも とに保障されると考えられています。

《知る権利》
国民が、政治について正しい判断を下すには,国や地方公共団体の活動を知る必要があります。この権利を知る権利といい, 知る権利に基づいてつくられたのが、情報公開制度です。情報を公開することで,国や地方公共団体はその活動について国民に説明する責任を果たすこともできます。知る権利にとって, インターネットや, 新聞やテレビな どのマスメディアが果たす役割は重要です。


《プライバシーの権利》
プライバシーの権利は私たちの私生活が他人から不当に干渉されないという権利 です。私生活を暴露するような記事や, 知らないあいだに写真を撮られることなどによって, プライバシーが侵害されることがあります。また,私たちの個人情報が知らないあいだに集められ, インターネットを通して,一瞬のうちに世界じゅうに広まり,ときには商品として取り引きされることもあります。これも,個人のプライ バシーにとって脅威になっています。
行政機関や民間企業には,資産や健康、学歴など知られたくない個人情報が大量に蓄積されています。そこで, 現代社会では, プラ イバシーの権利とは,自分の情報を自分で管理する権利(自己情報コントロール権)を含むものへと変わってきました。このような考えに基づいてつくられたのが、国や地方公共団体の個人情報保護制度です。これによって私たちは,行政機関や民間企業が保有する自分の情報を見ることができ,情報の訂正・削除を求めることや, どこで使用されているかを知ることができるようになりました。

《自己決定権》
個人の生き方や生活のスタイルは, 私たちがそれぞれ自分の考え方にしたがって決定する自由を保障されるべきだというのが, 自己決定権です。例えば、病気になったときに,病気について正しい説明を受け,理解したうえで、治療などの医療行為を自分の責任において選択する (インフォームド・コンセント)という考え方です。また, 尊厳死を望むことや、自分の死後に移植のために臓器提供するかどうかをカー ドに記入して持つことも,自己決定権を尊重するためのものです。」

 

 

 

早速解説を進めていきます。

 

今回は新しい人権についてです。

 

今までのところで解説していたように、人権思想が広がった当初は自由権を保障することが何よりも大切なことでした。
やがて歴史の流れとともに参政権社会権といった権利も基本的人権として必要とされるようになりました。

 


今の日本国憲法をも70年以上前に作ったものなので、時代の流れとともに必要とされる要件が変わっていった部分があります。
それがこのページで出ていた知る権利プライバシーの権利、自己決定権と言ったものです。

 


これらの権利は明文的には書かれていないけれども明らかに必要であると考えられる権利です。
憲法に明文規定がないので新しい人権として認識されています。

 

 

これらの多くは今のところは憲法13条を根拠として保障されています。

条文を見ておきましょう。

 

憲法十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

 

 

これはいわゆる幸福追求権と呼ばれるもので、幸福追求に対する権利は公共の福祉に反しない限り最大の尊重を必要とするということが述べられています。
つまり他人に迷惑をかけない限りは自分の幸せを追求していいような国家になろうということです。

 

知る権利やプライバシーの権利については特に憲法には書いていないので、この幸福追求権を根拠として「人々の知る権利を満たす必要がある」という議論をすることができます。

 


順番に見ていきましょう。
まずは知る権利です。

知る権利とは、国民が国の政治や行政についての情報を知ることのできる権利のことです。


国会議員がどんなことにお金を使っているかとか、官僚がどのような仕事をしているのかといった情報を国民の知る権利があるということです。

 

このことばを現代で初めて使ったのは、アメリカ合衆国の通信社APのケント・クーパーで、1945年1月のニューヨークでの講演会でのことであったといわれています。


第2次世界大戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)では、ナチスの言論を弾圧して反対意見が出ないようにして、独裁や虐殺に走っていったという歴史的経緯への反省として、この考えが州憲法などに明文化されました。


日本においても情報公開制度を作り国民なら誰でも国家や地方公共団体の行政活動について情報公開を求めることができるようになりました。
またインターネットなどの発達によって情報にアクセスするスピードも格段に向上しました。

行政側からすれば、情報公開請求を受けても困らないように普段からきちんとお仕事をしておかなければならないというプレッシャーが生まれます。

 

 


今の時代となっては逆に、国民の側が知ろうとしていないことの方がよほど大きな問題です。

情報公開制度はあるものの実際に情報公開請求をしている人というのはほとんどいないので知る権利について議論する以前の問題ではないかという気もします。

 

 

 

 

 

 


プライバシーの権利についても見ておきましょう。
プライバシーの権利とは、自分達の私生活が他人から不当に干渉されないということです。

自分の私生活をむやみに公開されたり自分の知らない間に写真を撮られたりすることが内容に保つのがプライバシーを守るということです。

 

今や大量の情報がインターネットを飛び交っています。
新聞社やテレビ会社が発生するだけでなくツイッターInstagram といった SNS を経由して個人でも情報を発生することが簡単に出来るようになりました。

 

写真などもスマホで簡単に取れるので気になるものがあったらすぐに写真を撮ってSNS にアップするということも当たり前にできるようになりました。

 

また 検索や閲覧の履歴からうまい具合に広告が出てきたりすることもよくあります。
私の趣味や嗜好が情報として抽出され、AIよって分析されてうまい具合に自動広告が出てくる仕組みになっているのです。

 

憲法を作った当時はこんなことになるなんて誰も想像していなかったので、憲法の中にプライバシーを守るというような条文はありません。

 

実際問題として現代社会でプライバシーを無視して生活することは不可能であるので人権としてプライバシーの権利が認識されています。

 

 

 

 

 

 

 

自己決定権についても触れておきましょう。


自己決定権とは、自らの生命や生活に関して、権力や社会の圧力を受けることなく、本人自身が決定できる権利のことです。

 

 

本文にもインフォ―ムドコンセント尊厳死といったキーワードが出てきました。

自分の体の治療方法や自分がどのような死に方をするかということに関して自分自身で決定していこうというものです。

 

これも確かにそのような考えなのですがちょっと落とし穴があります。

 

例えばインフォームドコンセント一つとっても大変に難しい問題を抱えています。
お医者さんから説明を受けて、抗がん剤治療にするか放射線治療にするかといったようなことを自分で選ぶのですが、


正直に言って素人である患者がいつも適切な判断を出来るわけではありません。
普通に考えて医療行為について自分がお医者さんより詳しいという場合はほとんどありません。


つまり自分とお医者さんでは持っている情報量や技術力が違いすぎるので自分で決めろと言われても困ってしまうということになります。

 

結局はお医者さんの言う通りにしておいた方が良い場合の方が多いですし、むやみやたらに自己決定権を主張するとかえって自分の健康を害する場合もあります。

 


このように自分と相手とで持っている情報量が違うことを情報の非対称性といいます。

 

医療行為や放射線の処理など、高度に専門性を求められる分野ではこの情報の非対称性によって問題が生じることが多くなります。

 

私たちは信頼できる情報を提供してくれる人を見定める力が必要ですし、また専門家に説明を受けて理解できる程度の基礎知識を身につけておくことも必要です。

 

noteでは、よりマニアックなテーマで書いています。お時間あれば是非お願いします。

note.mu